前回の記事では、入社3ヶ月目の私が上司の商談に同席し、「SaaSの営業は、ツールの機能説明ではなく、お客様とゴールの目線合わせをする仕事だ」と気づいたプロセスをお伝えしました。
この本質に気づいてから、私は商談の進め方を大きく変えました。
結論から言うと、「商談の最初の30分間は、自社ツールのパンフレットや機能説明の画面を絶対に開かない」と決めたのです。
では、機能を語らずに、一体何を話すのか。 メーカー出身の私が、無形商材の現場で一歩ずつ組み立てていった「商談前夜の準備」と「商談冒頭のヒアリング」の具体的な手順を共有します。
商談前夜:AIを使って顧客カルテを「因数分解」する
無形営業では事前準備の仮説が命ですが、バラバラな業界のお客様に対して、未経験の私が1から仮説を立てるのは簡単ではありません。
そこで私は、社内で利用が許可されているAIツールを「情報の整理役」として使っています。 「〇〇業界の悩みを教えて」といった大雑把な聞き方はしません。一般的な回答しか返ってこないからです。
私が実践しているのは、インサイドセールス(アポインター)が残してくれた顧客カルテのテキストをそのまま入力し、次のように指示する手法です。
💻 私が使っているAIへの指示(プロンプト)のイメージ 「この顧客カルテの情報を、**【現状(As-Is)】と【課題(目標とのギャップ)】**に分解し、フレームワークに当てはめて整理してください」
これだけです。 AIに情報を整理してもらうことで、「このお客様は、普段こういうミッションを持っていて、今ここにボトルネックがあるはずだ」という商談の「大まかな地図」を、前夜の時点で私の頭の中に用意することができます。
商談冒頭:お客様がポロッと言った「曖昧な言葉」を拾い上げる
前夜に地図を用意したら、本番の商談です。 冒頭ではツールの話はせず、「普段の業務の中で、今どのような目標(役割)を求められているか」という現状確認から入ります。
事前に仮説(地図)があるからこそ、お客様が会話の中で無意識に口にする「曖昧な言葉」に引っかかりを作ることができます。
例えば、お客様がこのように言ったとします。 「いや、うちのチーム、ちょっとしたことで作業が止まっちゃうんだよね」
ここで「そうなんですね。では当社のツールなら…」とすぐに機能説明に入ってしまうと、会話はそこで終わります。まだ相手の業務の解像度が上がっていないからです。 私がここでやるべきことは、その「ちょっとしたこと」という曖昧な言葉を丁寧に紐解くことです。
- 「その『ちょっとしたこと』というのは、具体的にどのような作業の瞬間ですか?」
- 「それは、なぜ発生してしまうんでしょうか?」
- 「作業が止まることで、その後にどんな影響(実害)が出ていますか?」
- 「もしそこが改善されたら、業務はどう変わりそうですか?」
このように、相手の言葉をそのまま拾って、一歩ずつ深掘りしていきます。事前にペインの仮説を立てているからこそ、こうした質問を迷わずに投げかけることができ、お客様の業務のリアルな姿が見えてきます。
これが、お客様と「ゴールの目線合わせ」をするためのヒアリングのステップです。
「自覚のある悩み」と「自覚のない悩み」でのアプローチの違い
ヒアリングを進めると、お客様の反応は次の2パターンに分かれます。これらをあらかじめ想定しておくと、本番でも私は冷静に対応できます。
① 相手が困りごとを明確に自覚している場合(顕在ニーズ)
お客様自身が原因を理解しているため、話がスムーズに進みます。その困りごとに対して、自社ツールがどのように解決の答えになり得るかを、ピンポイントで提示していきます。
② 相手が「何が原因か分からないが上手くいかない」場合(潜在ニーズ)
「目標は達成したいのに、なぜか業務が回らない」というモヤモヤした状態です。 この場合は、提案するのではなく「一緒に課題を紐解く」スタンスを取ります。「なぜできないんでしょうね?」「どうすれば解決できそうですか?」と、相手と同じ目線で現状を見つめ、議論を重ねていきます。
まとめ:パンフレットを閉じることで、営業の質が変わる
有形商材(メーカー)の営業は、製品の仕様(できること)が決まっているからこそ、こちらから市場の数字やターゲットを提示して納得してもらうのが基本でした。
しかし、無形商材(SaaS)ではツールはあくまで手段です。 前夜にAIを使って「現状と課題」を因数分解し、本番では相手の言葉を丁寧に拾って、ゴールの目線を合わせていく。
最初は、パンフレットを閉じて会話をするのが怖く、手持ち無沙汰に感じるかもしれません。
しかし、メーカー営業が持っている「製品仕様を正確に覚える真面目さ」や「物事を論理的に分析するクセ」は、無形の世界では「商談前の丁寧な因数分解」と「目の前の言葉を拾う集中力」に必ず活かすことができます。
次の商談、最初の30分だけで構いません。自社商品の説明を一度脇に置いて、お客様の業務の話に耳を傾けてみてください。ビジネスの会話がスムーズに回り始める感覚を、きっと実感できるはずです。

