仕事がまだ残っていて、早く家事を終わらせて、子どもを寝かせたい。そんな夜のことです。いつものように、下の子と夕ご飯を食べていました。
私はつい、こう言いました。「お父さんが手伝ってあげるねー」。そう言いながら、ご飯を子どもの口に入れようとした、その時です。
「自分でやりたいの!」
怒りながら言い放って、そのまま泣き出しました。
先に答えを書いておくと、人を動かしたい時ほど、先に「何がしたいか」を聞くほうが、結果的に早い場面が多いと感じています。大人と子どもで、人が動く仕組みは意外と共通していました。この記事では、その経緯を書いていきます。
「ごめんね」と「いやいや、早く寝たいのよ」が同時に来た夜
正直、あの時の頭の中は二つに割れていました。
半分は「ごめんね、自分でやりたかったよね」という気持ち。もう半分は「いやいや、早く寝たいのよ」です。こうなると長いんですよね。長引くと20〜30分かかることもあって、時間が過ぎるほどイライラは募るばかりでした。
しばらくすると、何事もなかったように落ち着きます。ただ、ぐずっていた時間が長かった分、その日の寝る時間はいつもより遅くなりました。早く終わらせたくて手を出したのに、かえって夜が長くなる。皮肉な話です。
機嫌を損ねた夜ごはん、我が家ではこうなります
夜ごはんは、本当に難しいです。機嫌を損ねると、「もういらない」と言われることが多くなります。7割ほど食べていれば「じゃあ片付けようか」と切り上げますが、ほとんど食べていない時は、時間を空けて少しでも食べさせるようにしています。テレビを見せながら、という日もあります。
ただ、これは親の都合で進めようとした結果なんですよね。「早く食べさせたい」が先に立つと、結局こうなってしまいます。朝は、わりと好きなものを食べさせることが多いので、厄介なのは夜の方です。
やり直しただけなのに、笑顔になる。着替えの「謎」
着替えも、同じような感じです。場面は、朝の登園前と、お風呂上がりです。「袖は右から入れたい」「ズボンを先に履きたい」など、本人のこだわりがあって、無視して進めると、泣いて何も進まなくなります。
そこで今は、先にこう聞くようにしています。「何がしたかったの?」。その通りにさせてあげて、「これができたら、お父さんのお願いも聞いてね」と伝えます。すると、泣き止むのが驚くほど速いんです。1分ほどで切り替わる傾向があります。
不思議なのは、そのあとです。ただ、やり直しただけなんですよ。なのに、笑顔でこう言います。「お着替えできた」。これが、ずっと謎でした。
謎のヒントは、「わかってくれた」という顔
ヒントは、私の声かけにありました。やりたかったことを、言葉にして返すんです。「右から入れたかったんだね」といった形です。そうすると、少しにこっとして、「わかってくれた」という表情になります。嬉しそうなんですよね。
私は、動作そのものよりも、自分のこだわりをちゃんと見てもらえたことが、次の一歩を軽くしているのではないかと考えています。もちろん、これは私の推測です。
調べてみると、心理学の分野に、近いことを扱った研究がありました。自己決定理論(Self-Determination Theory)です。ロチェスター大学のリチャード・ライアンとエドワード・デシが2000年に発表した論文では、人が自分から動く力は、「有能感」「自律性」「関係性」の3つの欲求が満たされるかどうかで変わる、と整理されています(出典1)。
この論文には、動機づけを弱めるものと、高めるものが挙げられています。我が家の場面とあわせて整理すると、こうなります(出典1、70ページ)。
| 論文での分類 | 論文に挙げられている要素 | 我が家の場面(私の解釈) |
|---|---|---|
| 動機づけを弱める | 締め切り、指示 脅し、プレッシャーのかかる評価、押しつけられた目標 | 「早くして」「お父さんが手伝ってあげるねー」 |
| 動機づけを高める | 気持ちを認めること | 「右から入れたかったんだね」と言葉にして返す |
| 動機づけを高める | 選択の機会、自分で決められる機会 | 「何がしたかったの?」と聞いて、その通りにさせる |
※左の2列は論文の内容を私が日本語にまとめたもの、右の列は私の解釈です。
一番大事な違いは、同じ「お願い」でも、先に相手の気持ちと選択を認めたかどうかでした。論文には、子どもの自律性を支える親のほうが、子どもの内発的な動機づけが高いという研究も紹介されています(出典1、70〜71ページ)。あくまで私の解釈ですが、着替えで起きていたことと、研究の整理は、方向が重なっているように感じました。
ただし、この論文が扱っているのは主に学校や家庭での研究です。我が家の着替えや、私の職場でのやり取りを、そのまま裏付けるものではありません。「こういう見方がある」という手がかりとして読んでいただければと思います。
毎回うまくいくわけでもありません。朝は通勤やお客様との打ち合わせの時間が頭をよぎってイライラが強く、夜は寝る時間が遅くなる焦りの方が強い。聞く余裕のない日は、正直、聞けていません。それでも、先に聞いた時の切り替わりの速さには、毎回ちょっと驚きます。
職場でも、同じ構図を見た
ここから、仕事の話です。先にお伝えすると、私はもともと、細かく指示を出すタイプではありません。ただ、周りの様子には気づいてしまいます。
上司がメンバーに細かく指示を出している。そのあとのメンバーは、モチベーションを感じずに仕事をしているように見えて、どこかつまらなそうでした。直接話した後輩からは、こんな言葉が出たこともあります。「細かすぎてしんどいわ」。私自身も、細かい指示を受ける側になると、「めんどくさい」が先に立ちます。
夕ご飯で泣き出した子どもと、同じ気持ちになっている人がいるのかもしれない。そんな気がしました。
「いいとこ取り」と感じた日
もうひとつ、忘れられない場面があります。商談で、お客様から採用可否の意思決定をもらう最後の場面に、上司が関わったことがありました。引っかかったのは、そのあとの社内への報告です。
上司が、自分が取ったような言い回しで報告していました。最後に関わったのは事実です。でも、その言い回しだけを聞くと、私は何もしていないように受け取られかねません。正直、「いいとこ取りだな」と感じました。嫌でした。(時期や状況は、ぼかしています。)
ここで伝えたいのは、自分がやってきたことを見てもらえなかった時の、あの感覚です。「手伝ってあげるね」と言われて、自分でやりたかった子の気持ちと、とても近いんですよね。
私も「終わりそう?」と聞いていた
では、私自身はどうだったのか。振り返ってみます。
得意先向けの資料や、社内の提出物のことでした。上司から指摘を受けた後輩に、私はこう声をかけました。「終わりそう?」。返ってきたのは、「しんどいですわー」という言葉です。私は「まあ、細かいもんな」と思いながら、こう聞きました。「何をそんなにやらないといけないの?」。そのあとも、相手の状況を聞くことに終始していました。
それで後輩が劇的に変わったか、というと、変わったわけではありません。ただ、吐き出せて、少し落ち着いたように見えました。状況を聞くことで、何をしなければならないかも見えてきます。そういう意味では、良かったのかもしれません。
一方で、こうも思います。私が聞いていたのは「状況」でした。後輩が「どこから手をつけたいか」までは、聞いていなかったのではないか、と。子どもに「何がしたかったの?」と聞いた時の切り替わりの速さを思い出すと、まだ聞ける余地があった気がしています。
まず試す一歩:指示の前に「今、何が気になってる?」と聞く
ここまでの話から、私がこれから試したいことは、とてもシンプルです。お願いをする前に、次の3つだけ点検します。
- このお願いは、相手のやりたいこと・目指したいことにつながっているか
- 上司(自分)の都合だけになっていないか
- 先に、相手の考えを聞いたか
そのうえで、指示の前に一言だけ聞いてみます。「今、何が気になってる?」「どこから手をつけたい?」。聞いたあとに、「じゃあ、ここだけは先にお願いできるかな」と伝える。着替えの時に、希望を聞いてから「お父さんのお願いも聞いてね」と伝えるのと、同じ順番です。
正直にお伝えすると、これは後輩相手には、まだ試せていません。子育てで手応えがあったことを、仕事に置き換えてみる試みです。うまくいったかどうかは、また記録してお伝えしますね。
まとめ:動かしたい時ほど、先に聞く
ここだけ押さえておけば大丈夫です。
- 動かしたい時ほど、「早くして」「手伝ってあげる」が先に出て、遠回りになることもある
- 子どもも大人も、手を出される・細かく指示されると、自分のやりたいことが置き去りになった感覚が残りやすい
- 相手のしたいことを聞いて、言葉にして返すと、切り替わりが速くなることがある(研究でも、気持ちを認めることや選択の機会が動機づけを高めるとされています)
- お願いの前に、「相手のやりたいことにつながっているか」を点検する
出典
- Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78. 論文PDF(自己決定理論の公式サイト)(2026年10月に原文を確認)
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